依存はいつか終わりを迎えます。
明けましておめでとう御座います。
本年も宜しくお願いします。
年末年始
神社仏閣には全く行っていません。
人は何かに
依存するように
できています。
それが、悪いとも思いません。
ただ、セーブは
出来るようになれると
期待したり
相手の気持ちに
意識が向かなくなります。
依存も、度を過ぎると
執着になります。
内と外のバランスを
保つより
内に比重を置くことの方が
重要になってきています。
外側に
意識を向けすぎると
感化され
惑わされ
依存しやすい状況に
陥り、自己嫌悪に
苛まれ
痛みや苦しみに
浸る。
これらを繰り返す度に
依存の沼に嵌り
自分を苦しめることになります。
新しいことを始めるに辺り
新年では
目標を立てる方も
多いかと思いますが
数ヶ月過ぎれば
いつもの様に
何かで埋めようとします。
繰り返す中でも
状況や環境は変わっているので
以前の痛みや苦しみではないのですが
そうに違いないと
気後れしてしまい
ブレーキばかりを
かけるようになります。
同じ事は起こりませんし
失ったのではありません。
そこに依存していただけです。
過渡期は
退行とは異なります。
今のあなたが
何かに依存しているならば
フィルターが
掛かっているだけです。
依存している自分という
自覚症状があるなら
依存ではありません。
依存体質という
体質は生まれ持ったものではなく
ただの依存症です。
そんなに
怖がらなくても
なるようにしかなりません。
何とかしようとする程
自分の首を絞めることになります。
何かをしていないと
焦りから
動こうとしますが
逆効果になります。
走り切ったら
歩いたり
休憩したりしながら
共に過ごすのは
自分しかいません。
しかしながら
依存できることが
あるのは
潤滑剤にもなります。
貧乏って
心の貧しさであり
豊かさは
依存も含まれると
思います。
内面が充実すると
感情が静かになります。
豊かさも貧しさも
紙一重だと
分かってくるので
本気にはなれなくなります。
依存していた自分も
嫌いじゃなかった…
懐かしく感じる時が
必ず訪れる日が来ます。
一生懸命
生きてきた証とも
言えるかもしれません…
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